震災から10年を迎えて ~東北支社、復興の道のりと持続可能な地域社会への想い~

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2011年3月11日の東日本大震災から10年を迎えました。巨大津波と東京電力福島第1原発事故という未曽有の複合災害は、全国で約1万9600人の命を奪い、2528人の行方がいまだ分かっていません。UDトラックスも10年前には大きな被害を受けましたが、当時の教訓を生かし、「社会の血流」である物流と地域社会の持続可能な発展を支えるための取り組みを加速しています。

平成23年(2011年)「東北地方太平洋沖地震」と命名されたこの地震の規模はマグニチュード(地震規模)9.0で1995年の阪神・淡路大震災の7.3を大きく上回り、国内観測史上最大となりました。激しい揺れ、巨大な津波、そしてその後発生した大規模火災に襲われた東北地方では未曽有の被害が広がりました。

また、震災発生から約2時間後に福島第一原発で起きた津波浸水に伴う全電源喪失の結果、3基がメルトダウン(炉心溶融)するという世界最悪レベルの事故が起き、放射性物質が大量放出された周辺地域には「避難指示」が出され、住民たちは長期の避難生活を余儀なくされました。

内閣府によると、東日本大震災の被害額は約16兆9000億円と推計されており、阪神・淡路大震災の被害額の約9兆6000億円を大きく上回っています。震災から10年目の節目を迎える今年、震災で大きな被害を受けた国内営業部門東北支社の10年間の歩みを振り返ることで、物流と地域社会という公共インフラを支える企業としての今後の進むべき方向性を考えてみました。

防災意識の徹底を!

UDトラックスの国内営業部門東北支社には19のサービス拠点があり、その多くが10年前の地震と津波で大きな被害を受けました。

「10年前、地震が収まった後、仙台工場では、誰もが家族の安否を心配し、一刻も早く家族のもとに帰りたいとの声が多く帰宅指示の決断をしました。その帰路の途中に従業員2名が津波に巻き込まれ帰らぬ人となってしまい、悔やんでも悔やみきれない思いです。今は大きな地震があれば津波のことを考えて行動をするのは当たり前ですが、当時は誰もそのことを考えませんでした」と東北支社アフターマーケットダイレクターの宮田さん(当時は仙台工場の工場長)は悔しさをにじませます。

こうした教訓を踏まえ、UDトラックスでは防災マニュアルを改訂するなど防災意識を高めつつ防災活動を推進することで、災害に強い体制づくりとサービス提供基盤の強靭化を進めています。

「震災を経験して、職場でも家庭でも普段からの災害に対する備えと意識が大切だと実感しました。逃げる場所はどこにするか、倒れてはいけないものは何かなど、事前に話し合っておくことで、実際の災害にあった時にも対応できると思います。石巻カスタマーセンター(CC)でも2011年以来地震があったらリフトを下ろすことを徹底しています」と石巻CC整備統括の亀掛川さんは話します。

宮城県沿岸部にある石巻CCは当時、津波で1メートル以上浸水しました。建物自体の被害は比較的少なく済みましたが、辺り一面はヘドロや危険な瓦礫で覆われ、業務を再開するまでに半年かかりました。

復旧・復興の先へ 

当社の東北地域の整備工場の復旧も含め震災復興住宅の建設や道路の整備などハード面の復旧・復興は進みましたが、地域コミュニティの崩壊など人心復興は遅々として進んでおらず、さらに、人口流出や高齢化などの震災前からの地域課題はより深刻化しています。

「南相馬市は今も原発関連の工事で、復興需要が大きい状況です。しかし、震災前のお客様の約半分は廃業したり別の場所で事業を始めたりしていますし、住民も約半数が戻ってきていません。海岸などの整備は終わっているので綺麗にはなりましたが、人が戻らないので、復興したという感じはしないですね。今年いっぱいで原発関連の工事も一段落するので、復興需要がなくなったあと、この地域でどのように頑張っていくかをお客様と共に模索していきたいと思います」と福島原発からわずか30キロしか離れていない福島県南相馬市にある原町CCの佐藤工場長は話します。

原町CCでは、震災後すぐに社員を避難させ、福島CCから6カ月間お客様のサポートを行いました。

持続可能な地域社会と企業市民としての責任

石巻CC長の小野さんは、トラック製造メーカーとして主要なお客様である物流事業者の稼働率・生産性を改善し、持続的な成長を支えるだけでなく、企業市民として、地域経済、社会、そして、自然環境など広範囲なステークホルダーとの共生と持続的な成長を目指す責務があるといいます。

「私は震災発生時は古川CCの工場長でした。工場周辺の大崎市は最も震度が大きく、猛烈な揺れに襲われ、液状化で事務所のある建物が傾きました。一方、石巻はこの10年で復興も一段落し、街の雰囲気も随分変わりました。震災後に納車した車両の代替えが始まり、ビジネスだけ見れば徐々に震災前に戻りつつありますが、これからも地域と共に成長していきたいと思っています」(小野さん)

震災の直撃をうけた東北地方では仙台市などが地域課題の解決に向けSDGsの視点を取り入れた取り組みを加速しています。

仙台市は、少子高齢化対策としてスタートアップエコシステムの構築を推進しているほか、「自然災害のみならず、今後も起こり得る様々な災害リスクに配慮した、強靭さと回復力を兼ね備えることが欠かせない」として、国連が採択したSDGsに基づき、「安全・安心に市民生活や経済活動を営める、持続可能な魅力あるまちづくり」とともに世界に誇る「防災環境都市」作りを目指しています。

「東北地域は震災で色々なものを失い、今もつらい気持ちはありますが、私たちはここで生きていかないといけません。大規模に行われてきた被災地域の整備はほぼ終了しましたが、これからが東北にとっての本当の復興かもしれません。仙台工場は国内営業部門最大の工場ですし、そのプライドを持って、当時の教訓を生かしながら、今後もお客様と共に前に進みたいと思います」(東北支社の宮田さん)

当社は物流を支えるバリューチェーンの一員として、持続可能な物流だけでなく、持続可能な地域社会の実現と地域の活性化という「Better Life」な価値を創造していきたいと考えています。

 

※本ページ上部の写真はUDトラックス上尾本社で3月11日に開催した追悼式典の様子です。コロナ禍を考慮して小規模で開催しました。


当リリースに関するお問い合わせ先

UDトラックス広報
Info.udtrucks.japan@udtrucks.co.jp


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